2025.01.10
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2025 · 01 · 10
昭和人間とAI
昭和を生きた人間が、AIと向き合う。時代は変わっても、人間の本質は変わらない。

Photo Essay — 昭和人間とAI
今日もAIは黙っている。俺も黙っている。それでいい。言葉にしなくても、分かることがある。
昭和の時代、俺は新聞記者だった。活字の匂いを知っている。インクの匂いを知っている。締め切りの重さを知っている。
AIが登場した時、多くの人が騒いだ。「仕事が奪われる」「人間が不要になる」と。俺は何も言わなかった。ただ、見ていた。
3年が経った。AIは俺の隣にいる。でも、何も変わっていない。俺は相変わらず文章を書く。AIは相変わらず黙っている。
期待しない。それが、うまくいっている理由だ。
昭和の人間は、期待しすぎない。期待しすぎると、裏切られる。だから、淡々と生きる。AIも同じだ。道具として使う。それ以上でも、それ以下でもない。
若者たちは、AIに夢を見る。「AIで世界が変わる」と。俺は何も言わない。ただ、見ている。
変わるものもある。変わらないものもある。大切なのは、自分の軸を持つことだ。
AIがいても、いなくても、俺は俺だ。それだけだ。


昭和人間とAI2025.01.10
#昭和#AI#人生
EDITOR'S NOTE
この記事は、昭和を生きた人間の視点から、AIとの共生を静かに見つめたフォトエッセイです。
言葉は少なく、余白は多く。それが、俺たちの流儀です。